新ゴとは
新ゴ(しんご)は、モリサワが1990年に「新ゴシック体」として発売した和文ゴシック体です。制作統括は、のちにアドビにも籍を置いた小塚昌彦氏。Helveticaに代表される欧文モダンサンセリフの近代的な表情を、和文で実現することを目指して設計されました。街のサインから製品パッケージまで、日本の公共空間でもっとも目にする書体のひとつです。
誕生の背景
1970年代、雑誌デザインの現場では明朝体からゴシック体へと主役が移りつつあり、モダンなスタイルを表現できるゴシック体への需要が高まっていました。モリサワには「ツデイ」というモダンゴシックがありましたが、細いウエイトと太いウエイトで文字の表情が揃わず、欧文書体のような統一された「ファミリー」の概念に応えきれていませんでした。同じ時期、競合の写研は極太ゴシック「ゴナ」のシリーズを展開しています。
モリサワが小塚昌彦氏を制作統括者に迎え、新しいモダンゴシックの開発に着手したのは1986年です。注目すべきはその作り方でした。一人の書体デザイナーが全字種を書き上げる従来のやり方ではなく、漢字をヘンやツクリなどのパーツに分類し、チーフデザイナーの代表文字をモデルに複数のデザイナーが分担するグループ制作体制。さらにドイツURW社の「イカルス」システムを導入し、手作業でデザインした細・中・太の3ウエイトから中間ウエイトをコンピュータで自動生成しました。1990年に6ウエイト同時発売という当時としては異例のファミリー展開ができたのは、この体制と技術があったからです。書体デザインが「個人の手仕事」から「設計されたシステム」へ移り変わる、その転換点に新ゴは立っています。
設計の意図
小塚氏は新ゴの位置づけを、ヘルベチカやユニバースといったモダンサンセリフの延長線上にあると語り、「直線部分はあくまで水平垂直に」(モリサワ「書体見聞」より)という原則を示しました。ふところ(文字内部の空間)を広く取り、ひらがなの字面を漢字に近づけることで、組んだときに文字のラインが揃い、まとまって読める。システマチックで現代的な印象は、この設計の帰結です。
一方で、ひらがなまで幾何学に振り切ったわけではありません。漢字をくずして生まれたひらがな本来の運筆を踏まえた設計とし、和文の伝統との両立が図られています。水平垂直の秩序と、筆の記憶。新ゴの「どこにでも馴染む顔」は、この二つの折り合いの上に成り立っています。
なお、新ゴを語るときに避けて通れないのが写研との訴訟です。写研は、新ゴシック体が自社の「ゴナ」の複製にあたるとして製造・販売の差止め等を求めて提訴し、争いは最高裁まで進みました。2000年9月7日の最高裁判決(いわゆるゴナU事件)は写研側の請求を棄却し、印刷用書体が著作物として保護されるには、従来の印刷用書体に比べて顕著な特徴を持つ独創性と、それ自体が美術鑑賞の対象となり得る美的特性の両方が必要という厳しい基準を示しました。この判決は、日本のタイポグラフィと知的財産の関係を方向づけた画期として、いまも参照され続けています。ちなみに両社は2021年、写研書体のOpenType化という別プロジェクトで協業を発表しており、20年の時を経て関係は次の章に進んでいます。
どこで使われているか
公式に確認できる代表例は、Nintendo Switchです。モリサワは2017年、ユニバーサルデザイン版の「UD新ゴ」が同機のシステムフォントに採用されたと発表しました。世界中のゲーム画面で、新ゴの系譜の文字が読まれていることになります。
また、駅名標や公共サインで新ゴ系の書体を見かけるという声も、鉄道ファンやフォント愛好家のあいだで数多く挙がっています(東京メトロやJR西日本などの事例がよく挙げられます)。もっとも、これは見た目からの印象であり、事業者やモリサワが採用を公式に発表したわけではありません。それでも、日本の街を歩いて新ゴ系の文字に出会わない日はまずない、という体感に異論のある人は少ないでしょう。

