筑紫Aオールド明朝とは
筑紫Aオールド明朝(つくしエーオールドみんちょう)は、フォントワークスの書体デザイナー・藤田重信氏が手がけた明朝体です。2012年にリリースされ、金属活字の時代がもっていた文字の風合いを現代のデジタルフォントに引き継ぐ「オールドスタイル」の設計で、とりわけ書籍の装丁や本文で広く選ばれてきました。文芸書の表紙で、どこか懐かしく、それでいて垢抜けた明朝体を見かけたら、この書体かもしれません。
誕生の背景
藤田重信氏は1957年、福岡県の生まれです。高校のデザイン科を卒業した1975年に写真植字機研究所(のちの写研)へ入社し、文字デザインの現場でおよそ23年を過ごしました。氏はこの時期を、のちに下積みの時代だったと振り返っています。1998年にフォントワークスへ移り、2004年の筑紫明朝を皮切りに「筑紫書体」と呼ばれるシリーズを立ち上げました。
筑紫Aオールド明朝は、このシリーズの流れの中で生まれた書体です。2008年にリリースされた「筑紫オールド明朝」の漢字の一部をより伸びやかにデザインし直し、名前を新たにして6ウエイトのファミリーとして揃え直したものが、2012年の筑紫Aオールド明朝でした。前身とは別の書体として位置づけられている点は、少し意外に思われるかもしれません。
筑紫書体シリーズはその後も拡張を続け、2010年には筑紫オールド明朝と筑紫丸ゴシックが東京TDC賞を、2018年には第2期の書体群が東京TDC賞タイプデザイン賞を受賞しています。2024年には、シリーズの制作背景を取材した書籍『筑紫書体と藤田重信』(PIE International)も刊行されました。ひとりのデザイナーの書体群が、20年にわたって本のかたちに影響を与え続けている。それ自体が、書体の世界では稀有な物語です。
設計の意図
藤田氏がフォントワークスのインタビューなどで繰り返し語っているのは、ひらがなを直線で組み立てないという原則です。原稿用紙のマス目に文字を合わせるのではなく、書道の半紙にすっと筆を走らせるような自然な運びを目指す。この仮名の思想は、筑紫書体シリーズ全体を貫いています。
「オールド」という言葉が指すのは、単なる古風さではありません。氏は筑紫明朝の設計で、横画の打ち込みにインクの溜まりのような表情を持たせ、金属活字が紙に残していたにじみを取り入れたと語っています。また、ふところ(漢字の内側の空間)を絞った金属活字時代の書風が、かえって今の時代には新鮮に映るという気づきも、オールド系書体の設計について述べられています。失われた印刷の質感を、懐古としてではなく、現代の目に新しいものとして再構築する。筑紫Aオールド明朝の伸びやかなハネやハライも、この設計哲学の延長線上にあります。
藤田氏自身が筑紫Aオールド明朝という書体名を挙げて詳しく語った資料は多くありません。ここで紹介した設計思想は、シリーズ全体や近縁の書体について語られた発言をもとにしています。
どこで使われているか
この書体の主戦場は、本です。ブックデザイナーの名久井直子氏は、フォントワークスのインタビューで、筑紫Aオールド明朝を装丁にも本文にも使える万能な書体と評し、実際に手がけた書籍を挙げています。桐野夏生『夜また夜の深い夜』(幻冬舎)、森茉莉『紅茶と薔薇の日々』(ちくま文庫)、谷川俊太郎『あたしとあなた』(ナナロク社)、ヒグチユウコ『BABEL』(グラフィック社)、大竹昭子『間取りと妄想』(亜紀書房)。文芸からアートブックまで、幅の広さがそのまま書体の懐の深さを物語ります。
Adobeの公式ブログでも、書籍の装丁でよく使われる書体として紹介されています。書店の平台は、この書体のショーケースといってよいかもしれません。
