Helveticaとは
Helvetica(ヘルベチカ)は、1957年にスイスのハース活字鋳造所で生まれたサンセリフ体(うろこのない書体)です。デザインはMax Miedinger、ディレクションは社長のEduard Hoffmann。世界でもっとも広く使われてきた書体のひとつであり、ニューヨーク近代美術館(MoMA)が史上初めてコレクションに収蔵したタイプフェイスでもあります。いま、この文章を読んでいるあなたの半径数メートルにも、おそらくHelveticaがあります。
誕生の背景
1950年代半ば、ハース活字鋳造所はひとつの苦境にありました。自社の古いサンセリフ体の売上が、競合Berthold社の「Akzidenz-Grotesk」に押されて振るわなかったのです。1890年代生まれのこの書体は、飾りのない実直な字形で当時広く人気を集めていました。売れる新しいグロテスク体(初期サンセリフの系統)を作る。Helveticaの出発点は、思想である以前に、経営判断でした。
開発は1956年秋に始まります。フリーランスだった元社員のMiedingerが図案を描き、Hoffmannが校正刷りを検討する。参照元はほかならぬAkzidenz-Groteskでした。翌1957年6月、書体は「Neue Haas Grotesk」の名で見本市にお披露目されます。
「Helvetica」という名前になったのは1960年です。ラテン語で「スイスの」を意味する言葉への改名は、当時最先端のデザイン国として知られたスイスの評判を書体に重ねる、マーケティング上の判断だったとされています。中立国の名を冠した書体が、このあと世界中の企業の顔になっていくことを思うと、示唆的な改名でした。
設計の意図
Helveticaの設計思想は、しばしば「中立」という言葉で語られます。書体そのものが意味を主張せず、どんな内容にも透明に寄り添う。明快さと機能性を重んじたスイス・タイポグラフィの思潮を体現する書体だと、後世しばしば語られてきました。もっとも、この「中立性」を開発者自身の言葉で語った資料は見つかっていません。
この評価を象徴するのがMoMAの収蔵です。2007年、MoMAはプレスリリースでHelvetica Boldの金属活字を「同館初のタイプフェイス」としてコレクションに迎えたと発表し、シンプルで均整の取れた字形が普遍的・現代的な明快さを伝えると解説しました。同じ年には誕生50周年を記念したドキュメンタリー映画『Helvetica』が世界300都市以上で上映されています。一書体が美術館に収蔵され、映画になる。書体の歴史でも例外的な出来事です。
どこで使われているか
確認できる代表例が、American Airlinesです。1967年、Massimo VignelliらによるCI刷新でHelveticaが採用され、そのロゴは2013年のリブランドまで45年間使われ続けました。ひとつのロゴが半世紀近く持ちこたえたという事実は、この書体の「古びなさ」の何よりの証拠でしょう。
一方で、有名な「ニューヨーク地下鉄=Helvetica」という通説には、注意書きが要ります。タイポグラフィ研究者Paul Shawの調査によれば、1960年代のサイン刷新で実際に使われ始めたのはHelveticaではなく、その先輩格にあたるStandard(Akzidenz-Groteskの米国版)でした。Helveticaが地下鉄に本格的に行き渡ったのは1980〜90年代になってからだといいます。世界一有名な使用例さえ、通説と実際のあいだにずれがある。Helveticaほど広く語られる書体でも、語られ方と実際の使われ方のあいだには、これほどの距離があるのです。

